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仕事にみるおもてなしの心

 茶の湯のもつ人間関係形成力の側面は、仕事の中にも活かされていることを探求してみましょう。

 茶の湯は、戦国時代、織田信長の時代から武将たちの政略的な場としても機能してきたことは、歴史の中でも知られています。あの狭い茶室に入るには、にじり口という人がやっと通れるほどの入り口から入るため、刀などの武器を持って入ることは適いません。茶室は、たとえ戦国時代であっても、丸腰で亭主と客は対峙した空間でした。また、当時は毒見がいたように、武将は常に毒殺の脅威にさらされている中、茶室では、亭主が目の前で点てたお茶の客が見ている前で飲むという、命がけのもてなしを受ける空間でもありました。

 言い換えれば、茶室では、武器ももたず、毒見もいない中で、究極の信頼関係のもと、ネゴシエーション(交渉)が行われていたのです。これは、人間関係形成力のもう一つの側面です。茶の湯でのおもてなしの心は、すべての状況に勝り、交渉を成立させる信頼関係づくりの重要な要素になっていたと考えられます。

 このおもてなしの心と信頼関係が生み出す社会的関係は、現代の日本の企業活動の中にも見いだすことができます。

きめ細かなものづくりの精神

日本のものづくりの技術は、世界でも確たる評価を得ています。

  • 細部にまで心配りをした丁寧なものづくり技術・作業
  • 携帯電話に見られるように、顧客が望むサービス機能を細かく盛り込む製品づくり

こうしたきめ細やかな対応によって、製品に対して世界でも高い信頼を勝ち得ています。それは、日本人のものづくりの精神に共通していると言われています。

 では、なぜ日本で、こうしたものづくりの細やかな精神が、どこでも見いだされるのか? それは、日本人の心の中に、昔から知恵としてある、相手に喜んでもらえるものづくりの精神が生きているからです。これは、おもてなしの心そのものと言えます。日本人はそれと気づかなくても、おもてなしの心を込めてものづくりに取り組んでいると言えるのです。

きめ細やかなサービス精神

 日本の消費者は世界一注文が多いと言われます。日本人の細部にまでこだわりをもつ精神風土は、いろいろなところで、顧客の要求として企業に向けられています。日本企業は、世界一うるさ型の顧客の要求に常に応えてきたと言えるでしょう。

 また、日本では、お茶が無料でサービスされます。世界中で、お茶が無料でサービスされる国は、ほとんどありません。 顧客の多くの要求に応える気持ち、あるいは言われなくてもお茶をサービスする気持ち、これらは、客をもてなすという基本的な姿勢が自然に生み出した態度と言えます。ここにも、おもてなしの心が生きているのではないでしょうか。

交渉に活かされるおもてなしの心

 茶室の中でおこなわれていた交渉ごとは、なぜ成立したのか。それは、茶室の中でつくり作られる人間関係、相手をもてなし、尊重する関係が、交渉をスムーズに進める機能をもっていたとも言えます。もちろん、茶室に足を運ぶまでにほとんど流れは決まっていたかも知れません。しかし、決断をさせる最後の一役が相手をもてなし、尊重する茶室セレモニーにあったことは、戦国時代の茶の湯の活用のされ方にみることができるでしょう。

 おもてなしの心をもったコミュニケーションは、人の生き死を左右する戦国時代にも有効な人間関係形成力として機能していた。このことは、歴史が示している通りです。

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